楽して得するプロの技を

 

施設園芸で生計を立てている農家の皆さんは、それぞれの作物の栽培と経営における 「プロ」である。 プロが「我が道」について勉強し、改善の努力を惜しまないことは、プロ 野球のイチローや松井選手をみるまでもなく当然のことである。 人知れず血のにじむような努力をしているといわれる彼等ほどではなくとも、折にふれ情報を集め有用な内容は実行する努力を怠ってはなるまい。

しかしながら努力さえすれば結果がついてくるものでもない。無駄な努力はしないほうがよい。無駄を省き、出来ることなら楽をして得を取る方法が二十一世紀に生き残るプロ の「道」である。

施設園芸でそんな方法はないものかと無い知恵をしぼって書いたのがこの小冊子である。 筆者の願いは、書名のごとく毎日昼休みの昼寝の間に一項目ずつ本書を読んで、知らぬ間にプロの技にますますのみがきをかけていただくことにある。

本書は一年間園芸新聞に同名の題で連載されたものを一冊にまとめたものである。プロに細かいことを言っても「釈迦に説法」だとはいえ、多様な問題点を何でも知っているとは限るまい。一つでもお役に立つ情報が含まれていれば幸いである。 足りない点は拙著「施設野菜ワンポイント・アドバイス」シリーズをも合わせて参考にしていただきたい。

 

新井和夫

 

 

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エース会は、全国各地で「三菱ケミカルアグリドリーム農ビ」をご愛用いただいている施設園芸生産者と、 研究・普及機関、販売店、代理店並びに三菱ケミカルアグリドリーム(株)を結ぶ会です。 エース会では、施設園芸経営の発展をめざして、技術の指導、講演会や研究会の 開催、慣報誌の無償提供等を行い、これらを通してみなさまとの情報交換を行っ ています。

●ご入会についてのお問い合わせは、三菱ケミカルアグリドリーム(株)または、三菱ケミカルアグリドリーム農ビ取扱店 へどうぞ。
皆様と一緒に施設園芸を育てて行きたい-それがエース会の願いです。 

 

 

 

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 蘇ったイチゴの短日処理①

 

▶花芽分化と短日

イチゴの品種もいろいろあり、四季成りイチゴのように長日条件で花芽分化するものや、日長に関係なく花が着くものもあるが、ハウス栽培のほとんどを占める一季成り品種は皆短日植物であり、それについて考 えてみよう。

一口に短日植物と いってもイチゴのその正確な性質を知ることはそれほど簡単なことではない。 図のように一定以下の低温では日長に関係 なく花芽分化する温度域があって、これだけ見るとダイコンやタマネギのように低温バーナリ植物 (低温に合うと花が咲く植物)のようでもある。近年 この性質を利用して低温暗黒処理という花芽分化促進方法が実用化されている。

余談だが、図でも判るようにこの方法は温度が13 ℃前後よりあまり高いと効果がない。また低過ぎる方も実用にはならない。8℃の冷蔵庫に入れたままにしたため、その年には間に合わなかった例があるくらいである。12~13℃で処理するのが無難であろう。 低温分化域では日長はどうでもよいわけだから、暗黒でも光を与えてもいずれ花芽はできる。 温度が低温分化域より高くなると、温度だけでは花芽分化しない短日分化域がある。ここではほとんど短日植物の性質を持ち、20~30日の8時間短日処理で花芽は分化する。これを利用したものが短日夜冷処理であり、 また理論的には可能である単なる短日処理 (温度を下げる努力はしない)なのである。 イチゴの性質がここまでであったら、早進化のため の”山上げ”や”ポット育苗””低温暗黒処理”、はては ”短日夜冷処理”など今をときめく数々の新技術はす

 

 

 

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べて不必要で、この世に存在はしなかったはずである。なぜなら、苗の”短日処理”だけでいつでも花をつ けることができることになるからである。 どっこいそうはいかなかったのは高温帯に未分化域 があるからである。何度以上がそうなのかはっきりはしないが、25℃前後から以上が未分化域で、短日処理をやろうが窒素を切ろうが花はできない。夏から九月初旬は温度が高いにきまっているから、この時期に 花芽を着けるために涙ぐましい努力が続けられたのはこのためである。

 

▶短日処理はなぜ実用化しなかったか

その昔、ハウスイチゴの産地で短日処理を試みたことは数多くあった。しかしそのいずれもが失敗した。 今思えば当然のことで、八月にトンネルに暗幕をかけ て短日処理したところで、トンネルの中は35~40 ℃、とても短日が効くとは思えない”未分化域“で あったからである。 密閉しない黒寒冷しや被覆で効果があった、とか林の中に苗を置いたら効果が出たとかを短日の結果とみ られたこともあったが、これも間違い。だいたい高速道路のライトでも短日が破られるというのだからそのくらいのことで「短日」のはずがない。単に日陰が温度を下げたための効果とみられる。

 

▶今なぜ短日処理か

高温では短日処理が効かないことが判ればあとは簡単である。人工的に温度を下げて短日処理を行うか、 もともと夏の温度が低い寒冷地で短日処理をやればよいことになる。前者が”短日夜冷育苗”であり、後者が これから普及するであろう〃寒冷地短日処理〃なのである。 短日夜冷はポット育苗の普及と冷房方法の進歩から実用化したものであり、寒冷地短日処理は促成栽培は暖地のもの、とする従来の考え方から、筆者のいう超促成は寒冷地のもの、とする年来の主張が栽培者に理解されてはじめて普及が進むものとみている。 眠っていた短日処理が両場面で陽の目をみるのは大変にうれしい限りである。

 

 

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 蘇ったイチゴの短日処理②

 

▶花芽早進化技術では最も確実な方法

-短日夜冷育苗-

 

短日夜冷育苗は”短日”処理が効くのであって、”夜冷”というのは”短日”を効かせるための温度調節である。それならば温度は平均で13~25℃の広い範囲でよいことになる。

ところが昼間は自然条件であるから、この方法が利 用されている関東から九州の夏では28℃ないし25 ℃以上と非常に高い。暗期だけを冷やす”夜冷”は何 度にしたらよいかは詳しい研究がない。

少なくとも低温暗黒処理の12~13℃よりは高くてもよいと思うが正確なところは不明である。 処理時間が明期(昼)の8時間の倍の16時間であることや、設定温度に下がるまでのタイムラグ (逆に明期にもどるまでのタイムラグもある)などを考えて 15℃くらいで十分短日処理は効くであろう。 現在13℃の夜冷が一般的であるから、2~3℃の 開きがあるが、この差は冷房器の大きさや処理株数、電気代からみると結構大きいから十分検討してみても らいたい。また夜冷温度の違いは処理日数にも関係するから分化の確認を怠たってはならない。

短日夜冷は現在実用化されている花芽の早進化技術の中では、もっとも確実な方法であり未分化株もほとんど発生しない。難は多数の苗を処理する費用の問題だけである。そのため、つい小さい苗を使うことを考えがちだが、これは禁物だと思う。 イチゴの売上げ高は単価×収量で決まるのは当然で あり、短日夜冷により単価が上がっても収量が少なかったら高収益は望めない。小苗で減収することはイチゴの常識であり、 充実した大苗を処理することを考 えてもらいたい。

土を使ったポット育苗ではポットがある程度大きくなくては大苗は望めない。そこで物理性のよい人工培土を使うとポットの大きさをかなり小さくすることができる。 そうして液肥や緩効性窒素などを使って肥焼けがなくしかも十分に肥料が効く条件を与えると、アイポットくらいの大きさでも12センチの土を入れたポッ トに負けないくらいの大苗を作ることができる。 小さいポットなら短日処理するときに小面積に多数

 

 

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つめ込むことができ、処理費用を大幅に節約すること が可能となる。ちなみに本処理をする場合の窒素の切り方は普通のポット育苗ほど強くする必要はない。なぜなら花芽分化の主な要因が短日条件だからである。

 

▶注目される高・寒冷地の超促成栽培

-士寒冷地の短日処理-

イチゴの促成栽培による早出しの産地は、九州や静岡が有名なことでもわかるように暖地が中心であっ た。したがって夜冷処理をやらない自然のままの短日処理では、高温のため無効になってしまうことは前に 述べたとおりである。

ところが、もし高冷地や寒冷地でやるのであればいくらでも温度とくに夜温が低いところがあり、短日処理が自然のままで有効になる。理論上は数十年前から そのことは明らかであったが、寒冷地には促成イチゴの産地がなく、実行する人もいなかった。

いま、「短日夜冷」や「暗黒低温」などの〃超促成” の時代に入って初めて寒冷地の早出し栽培が注目され るところとなってきた。

筆者は二つの意味で今後の高寒冷地の”超促成”に 注目している。

一つは、このように花芽分化が一年中いつでも可能な時代になると早出しの勝負は冬の暖さではない。夏 ~秋の涼しさである。暑いハウスでは花は咲いても商品果は生産できない。 夏~秋が涼しくて初めてこの時期の生産が可能となる。筆者がかねてから唱えているように”超促成”の適地は寒・高冷地なのである。

もう一つは簡単で費用のかからない短日処理の”適地” としてである。 野菜茶試の古谷室長によれば、昼温28℃夜温19℃の盛岡の夏の条件でも、三週間以上の短日処理で花芽分化は100%行われるとのことである。

昼間の遮光などの工夫をこらせば夏のどの時期でも可能であろうし、盛岡より涼しいところもいくらもある。まさに「よみがえる短日処理」ではあるまいか。 「そんな寒いところで冬はどうするの?」の疑問も 出そうであるが、暖房を使って冬も穫るような愚は止めたほうがよい。雪でハウスがつぶれるかもしれない。 夏から十二月にかけて大いに儲けたら葉の整理をしてビニールを取り去り、雪の下に春まで埋めておけばよい。 春なるべく遅く雨よけのためのビニールを張り、遅い出荷をねらえばそこでまた一儲けできるであろう。

冬は”昼寝”をしてこの”読本”でも読んでいれば自然にお金が入ってくるというものである。

 

 

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 ハウス土壌のカリ集積には トウモロコシ、ソルゴーを

 

-暑さに強く生育早い-

 

▶Kも過剰集積が問題

去る日去るとき、といっても昭和五十年代であることは間違いない。筆者はハウス土壌の連作障害防止の研究をしていた。

Nの過剰集積の対策はすでに湛水や雨に当てることで可能と判っていた。ところがKの過剰は、ようやく問題になり始めた時期でもあって、施肥量を減らすぐらいしか具体的対策はなかった。特に困ったのは、Nのように湛水しても雨を当ててもKは流れてくれないのである。

仕方がないので集積したKを緑肥に吸わせてしまおうと考えていろいろな緑肥作物を播き、生育量とKの吸収量を比較した。 生育量のおう盛なものはやはり肥料を吸う量も多い。きわめてあたりまえのことが判った。 ところがよく計算してみると、作物によってよく吸う肥料の種類が違う。ことに問題のKの吸い方に作物による違いがある。はてなと思って分類してみると大豆はNの吸収量よりK2Oの吸収量がやや少ない。麦はやや多い。トウモロコシやソルゴーはなんとNの1.5~2倍も吸収する。

 

▶あとから見れば大発見!

さてその後日談である。

研究者であったからこの結果を学会に発表した。司会者はさして気にも止めず「ユニークな研究ですネ」 とだけコメントしてくれた。「ユニーク」とはどちらかというと「風変わりな…」といったニュアンスで

 

 

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あった。筆者もいろいろな研究の一つとして、発表のあとは格別気にもせず次の研究に取りかかってしまった。それが間違いのもとであるのも知らずに…。

その後の外国人学者の研究でトウモロコシなどがKを多く吸うのは確実となり大いに安心はしたが、なんとそれはC4型作物という光合成の非常に多い、地球上 の食糧難を救うのはこれらの作物だけ作ればよいと考えられていた一連の作物群共通の現象だったのであ る。トウモロコシ、ソルゴーがC4作物であることは 知っていたが、K吸収の多さがC4作物共通の現象であ るといわなかったこと、外国で発表しなかったこと、 この二点であわれこの世界的発見は外国の学者に名をなさしめてしまったのである。

 

▶作物体中のカリは有機物になりにくい

いずこも省力の世の中である。クリーニングクロッ プの処理も省力的にやるに越したことはない。そのため2メートル以上に伸びたトウモロコシをロータリーでそのまま踏み倒し、すき込む方法がとられている。筆者も、NやP2O5の過剰集積ならこの方法でよいと思っている。しかし、K2Oの集積はこの方法ではだめで、ハ ウス外へ刈り出す必要があると指導している。なぜなら、土の中に入った作物体は、組織が死んだらたちまちKを土中に放出してしまう。作物体中のKは、有機物となりにくく、ほとんどが水溶性で存在するからで ある。

せっかく作物に吸わせたKはすき込まれたら日ならずして元の土壌中にもどり、文字どおり「もとのもく あみ」となってしまう。

 

 

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 遠赤外線の謎①

 

▶トンネルの中のほうが寒い!

古くて新しい話である。ハウスやトンネルの中の熱が遠赤外線のかたちでフィルムを透して外へ逃げてしまうために、夜は温度が下がってしまうということは、いまでは誰でも知っている。

農ビを使ってトンネルやハウスの栽培が始まった昭和三十年代に東大農場で歴史的な研究が行われていた。あとからみれば画期的な研究であったが、研究そのものは簡単で、いろいろなフィルムでトンネルを作り、中に温度計を入れて来る日も来る日も温度を記録するという、まことに普通の比較試験なのであった。

ところが、不思議なことに気がついた。寒い冬の無風な夜明け前、トンネル内の温度が外の温度より低い場合があるのである。 トンネルは日中の熱を中に閉じ込めて夜も温度を保つという、いわゆる温室効果を目的に利用するものであるからトンネルのほうが温度が低かったらその時だけは裾を開けたほうが温度が高いことになる。はてな?、と考えた研究者は工学部の先生方の力を借りて、遠赤外線で熱が逃げる、熱放射の理論にたどりつ いたのである。

つまり、夕方はまだ暖かいトンネル内も上空のマイ ナス20~30℃の冷たい所に向かって遠赤外線の形で熱を逃がしつづける。朝方になると外気より温度が 下がってもまだ熱の放出を続けるため、ついには外気よりもトンネル内のほうが低温になってしまうのである。

このため外気とトンネル内を隔てるフィルムが無いほうがその時の温度はかえって高くなるという不思議 な現象が起きるのである。

 

▶保温性はフィルムによる差が歴然

この研究ではフィルムの種類による冷え方の違いも

 

 

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みている。ポリエチレンが一番冷えやすく、農ビが冷え難いことが確かめられ、のちにそれが遠赤外線(熱)の透過率の差に基づくものだと理論づけられた。 きわめて偶然なことではあったが、日本で重要な保 温用のフィルムとして施設園芸世界一に貢献した農ビ はたまたま熱を逃がしにくいフィルムであった。

歴史に偶然はつきものであるとよくいわれるが、農ビによる施設園芸の発達も最初からその保温性を意図 したものではなかったということである。

 

▶保温性を高めるためには

遠赤外線により熱が逃げる理論が明らかになって以来、この理論を利用して保温性を高める試みが次々に生れた。三菱化学MKV(現三菱ケミカルアグリドリーム)ではもともと保温性の高い農ビをさらに改善した「サン ホット」「ハウスホット」を上市した。

また、オイルショック時には透明ではないが、きわ めて保温性の高いシルバー反射フィルムがこぞって カーテンやトンネルのカバーに使われた。いずれも遠赤外線の透過を抑える工夫をしたものである。

 

▶コモは理想的な保温資材

中国や韓国のハウスはポリエチレンや農POである ことが多く、保温性が低い上に加温機の普及が少な い。そのため保温を目的としてコモを使う光景がよく 見られる。わが国でも昔はコモを使っていた。コモが 保温性にすぐれることを、農家が経験的に知っていた のである。

さて、コモの保温性の高さはいかなる理論に基づくものであろうか。まず考えられるのは、コモに含まれる空気層である。ふとんが保温性が高いようにそれも一因なのであるが、空気だとすればそれは熱伝導遮断の効果である。しかし、実際に保温性をさらに高めているのは実に遠赤外線遮断の効果なのである。 両者を含めてコモは理想的な保温資材なのであるが、フィルム一枚でそれに匹敵する資材は科学の発達 した現代にもいまだあらわれていない。

 

 

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 遠赤外線の謎②

 

▶反射炉はハウスの元祖?

伊豆の韮山に有名な反射炉があり、その近くにイチゴのハウスが林立している。何の関係もないようだが両者は関係がある。二度の石油危機のとき、ハウスは省エネに苦慮した。省エネの奥の手は逃げる遠赤外線 をフィルム面で止めることであり、もっとも効果が あったのは、反射力の強いシルバーフィルムであった。

この現象はまさに反射炉の原理そのままではないか。鉄を溶かす高熱の炉を効率的に働かすには反射率 の高い鏡をめぐらせて遠赤外線を逃がさない工夫が必要だったのである。地下の江川なにがしさんも小生の 突飛な発想に苦笑いしていることであろう。

 

▶遠赤は万能か?

熱の逃げ方は、伝導・対流・放射であることは物理学の初歩の理論として知られている。このうち放射によるものだけが遠赤で説明される熱の失われ方なのであるから、その他の二つはどうなっているの、と疑問 をいだかないほうがおかしい。ハウスの熱の冷え方でも他の二つが検討されて当然なのに不思議にこれが行われていない。

放射による熱の損失がハウスでは非常に比率が高く、これに目を奪われているうちに他の二つの現象を 忘れていたということではなかろうか。

 

▶ハウスに空気を着せる

伝導による熱の損失があるとすれば熱伝導の少ない空気をハウスに着せることで保温性は上がるはずであ る。

発泡フィルムや複層板で保温をはかるのはこの原理にもとずく。発泡フィルムは外張りとしてハウスに用いられることは少ないが、トンネルの被覆材としてはすでに用いられ、光を透すコモとして効果が認められている。今後、外張りフィルムとしての研究が進むか もしれない。フィルムを二重に張って空気で膨らませ

 

 

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る方法はすでに試験的には行われている。コモが使われなくなった理由の一つに昼間除去する必要があったことからも判るように、透明のままでハウスに空気を着せる工夫がないと実用化は難しいかもしれない。

夜だけの利用であれば透明でなくてもよく、軽く雨に強いプラスチックのコモがハウスに掛けられてもかまわない。ハウス内トンネルではすでによくやられて いることは承前のとおりである。

 

▶ハウスはすき間を塞ぐ

対流による熱の損失を防ぐ方法は、平たくいえばハウスの隙間をなくすことである。これは当たり前すぎて忘れられた典型的な例である。どちらを向いても農ビのパイプハウスばかり、カーテンもヒーターも皆同 じでは比較のしようもないので忘れられていたという事情もあろう。

ところが農POの登場で様子が変わってきた。対流の再検討が必要となったのである。ことの起こりは承前のとおり農POのハウスの保温性の悪さからであり、最初は遠赤外を逃しやすいフィルムであるから当 り前とみられていたが、遠赤の透過率を農ビ並に改良 してもまだ温度が低いことからハテナ?ということになった。

そういえば、農POハウスは湿度も下がりやすいことも不思議だなとなって隙間理論にたどりつく。フィ ルムの遠赤透過を同じにしてもハウスの温度が下がったり、空気湿度が低いのは、POフィルムのべたつき性の少なさであり、それがハウスの隙間を多くするた めこうした結果が生じていたのである。

 

▶基本にもどろう

とかく遠赤の遮断のみに目を奪われていたハウスの保温も、農POが登場し、農ビと比較してみたら対流による熱の放出も無視できないものであると改めて判ったので、伝導も含めた保温三原則で対応するのが いいだろう。

できるところから自分のハウスの保温改良を考えて みたらどうだろうか。

 

 

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 教養が邪魔をする?①

 

-「キュウリは若苗」が 定着するまでー

 

大分前にアフリカ北部地中海沿岸のアルジェリアに 施設栽培の指導に行った。ハウスは無加温ながら結構 あり、ポリが張られていた。何が一番の問題点なの か、と聞くと収量だという。ならばいまの収量はいくらか、と聞くと一本の樹で一本収穫しているだけと聞いてわが耳を疑った。

いくら大果を収穫しているとはいえ大きさはたかだ か400~500グラムである。それがたった一本とは ……。わが日本では少なくとも100グラムのものを100本は収穫する。品種と栽培技術のなみなみならぬ優秀さが日本の施設園芸には潜んでいるのである。

 

▶白イボの波が西へ押し寄せた

昭和四十年代の始めに関東で火が着いた白イボ化の波は10年かかって九州まで到達した。それまでは黒イボの促成産地として全国をリードしていた九州は、 いやでも品種と栽培法の変革を迫られたのである。

まずは関東のマネをすることから始めたのであるが、どうにもうまく行かなかった技術の筆頭が育苗技術であった。

それまでの黒イポ品種はつる下ろし整技法であったから、増収のためには節成りに近い主枝への着果性が求められていた。キュウリの主枝着果性は低温短日で附与される。だから、秋以降の短日低温条件下ではとくに意を用いなくとも節成りになるが、夏に近い播種期になるほど節成りになりにくく、花が飛びやすくなる。 それをカバーしていたのが育苗技術であった。Nの 肥効を抑え、潅水を控え、なおかつ日数を長くした老化苗で節成り性をつける高等技術で、篤農家の知識と経験を最大限に生かして日本をリードする栽培技術が そこには存在していたのであった。

そこへ白イポ時代の到来である。キュウリには一家言ある面々のこと、最初は自信をもって白イポの摘芯栽培に挑戦して行ったのである。

 

 

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▶側枝が出ない!

白イボキュウリの整技法の主流は摘心側枝穫りであ る。主枝の葉数は20枚内外であるから、節成りに なったとしても14~15本しか穫れず、とても100本とはいかない。どうしても子枝・孫枝を発生させ そこに着果させなければならない。

ところが黒イボ流の育苗ではまず枝の発生は望めな い。あちこちでトラブルが続発した。 筆者も各県で講習会を開き、育苗法を伝授したのであるがなかなか成果が上がらない。身に浸み込んだ黒イボ育苗の知識と経験が一度講演を聞いたくらいでは抜けないのである。

いっそ何も知らなければいいのだけれども、なまじ黒イポでは日本一の技術を持っていた人々だからその洗脳は大変な努力と日数を必要としたのであった。まさに教養(知識と経験)が邪魔をした典型的な例の一 つであった。

 

▶「下手な人ほど若苗を」で活路

枝が出なくて収量が上がらず、黒イボ品種にもどる人さえいる状況で、育苗のコツを普及させるためにと 筆者がしばしば使ったのが前記の言葉である。いまでもわれながら名言だと思っている。

順調に側枝を発生させるには、N切れや乾燥、低温にせず、なによりも老化させない、育苗日数も短い苗を定植することが鉄則である。それは普及指導の最初からいってき たことではあったが、例の「教養」が邪魔をして実行できないのであればこのくらいの荒療治は必要とみたのである。

幸いそれが効を奏したのかどうか、三~四年を経ると技術のレベルは上昇し、先輩の関東にも負けない産地が次々とでき上がって行った。そればかりか、一条並木植えや土づくり、ハウスの湿度調節などでは新技術として関東の産地が見習うまでに発展して行った。 品種改良が進み、側枝発生も問題の少ない現在でも、たまに枝の出ないキュウリに出逢うと、相手の自尊心を傷つけることをおそれながらついいってやりた くなる、「下手な人ほど若苗定植を!」と。

 

 

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 教養が邪魔をする?②

 

-イチゴには数々ござる-

 

なまじっか知識・経験があるばっかりに、返って失 敗してしまうことをこの稿では「教養が邪魔をする?」にしている。いささか強引であることはもちろ ん自覚しているが…けれど理由がないわけではない。

 

▶太郎苗は使えない?

太郎苗とは親株から最初に根を下ろす第一次ラン ナーの最初の株のことである。昔からこの株は生産量 が低いといわれ、苗としては捨てられていた。理論的にいってこのことは無意味とばかりはいえない。ただ し、「意味のある場合もある」程度のことでしかない。

昔(といっても20~30年前であるが)イチゴの 親株は秋植えされ、株数が少なかった。早くから根を下ろした太郎苗は、それ自体が親株の役目をして二次 三次のランナーを多発させ、七~八月に根を下ろした 若い苗(次郎・三郎・四郎などの苗である)が仮植苗 に使われ、九月に本圃に定植されていた。

この時代の太郎苗は、発根後の期間が長過ぎ、大苗 ではあるものの老化が進み、生産性の低い苗だったことは事実である。この限りでは使わないのは「正解」 であり、「教養」は役に立っていたのである。 しかしながら現在では親株の数は多いし、ポット育苗のため初期に十分な肥料をやることもできる。短期間に大苗ができるのである。

定植期も促成では八~九月上旬と早くなった。苗が老化する条件がなくなってしまったのである。こうし た場合には、太郎苗だから悪いという理由は見当たら ない。大苗確保が上手でない人にはむしろ「太郎苗は 大きくてよい苗だから使いなさい」と進めたいくらい のものである。老化苗が悪いことを知っている教養に

 

 

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は敬意を表すが、「太郎苗は使えない」を誤解しては ならない。

 

▶ビニールは十月に張るもの?

いまだに大部分の農家が行っているハウス促成の普遍技術である。これも「いわれ」なくして行われだしたことでは無論ない。その「いわれ」なるものを思い返してもらう必要がある。昭和30~40年代の主要 品種宝交早生やはるのかの促成栽培では、第二果房の分化は十月中旬であり、それは高温で遅れる傾向が あった。

一方、特に宝交早生では休眠の抑制のために、高温多湿のいわゆる蒸し込みを必要とした。この相反する条件を満すために、第二果房の分化まではハウスをかけずに低温に置き、分化直後にビニールをかけ密閉してむし込みを行う必要があったからである。

いまでは品種も異なり、栽培法も違うから、まず蒸し込みの必要はない。花芽はつきやすい品種にはなったものの十月が高温ではやはり問題はある。

ただ、だからビニール張りは十月下旬だとするのは早計で、温度が上がらない雨除け式のハウスがけなら筆者の考えでは定植時から天井ビニールがあってもかまわない。風通しをよくした雨除けハウスに定植したイチゴの葉温はむしろ露地より低いことからもこのこ とはうなずかれるはずである。

雨除けハウスに定植できることの利点は、小は雨で畦がくずれないことに始まって、生育がよい、病虫害 が少ない、収穫が早く収量が多いなど数えきれない。 昔の「教養」に邪魔されず実行してもらいたいもので ある。

もっとも長期張りフィルムの普及で、いやでもフィ ルムの下に定植せざるを得なくなると、筆者の主張も 検討されることもなく必要なくなる時代も近いのかも しれない。

 

 

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 煙突効果

 

▶熱気を下から上へ抜く

日本の夏は暑いから北海道でもハウス内は暑過ぎる ことが多い。まして関東から西南のハウス地帯は暑過ぎて盛夏の栽培をやめることが多く、夏涼しいオランダに負けてしまう一つの原因である。ハウスを冷房することは大変費用がかかり実用性に乏しいのでなんとか安い費用で少しでも温度を下げることを考えねばな らない。

遮光は一つの方法であるが、それで夏の栽培が成功した例は残念ながら少ない。遮光のやり方が悪いからであるが、これについてはいずれ述べる機会もあろう。

ハウスを冷やすアイデアの一つとして天井に太くて 短いエントッを作り、送風扇をつけて外気をハウス内に吹き込むことを考えた人がいた。

立派なガラス室で、農水省も構造改善の資金をつぎ込んだ。これは見事に失敗したが面白いヒントは得ら れた。ファンをまわしてもエントツから外気はあまり 入ってこなくて失敗だったが、ファンを止めるか取り 去ってしまうとエントッから暑い空気がぐんぐん上外へ排出されたのである。考えてみれば、暑い空気は下から上へ昇るものであり、天井から下へ送り込むのはもともとむりな理屈であったのである。

 

▶天井から暖気を抜こう

むりが通らないとなると「道理」で行くしかない。 すなおに熱気を下から上へ抜けばいいのである。ガラス室や屋根型ハウスでは側窓と天窓を利用してすでに これは実行されている。あとは天窓の面積を大きくするなどもっと効率を上げることだろう。この最たるも のは全天開放型のハウスで一部で実用化が検討されて

 

 

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いる。 わが国に多いパイプ型のハウスの多くは天窓を持たない。連棟でも谷換気までのことが多い。したがって、熱気はアーチ型の天井部分にたまってしまう。これを抜かないことには涼しいハウスは不可能である。 エントツを何本も立てることは構造上むずかしいから、つき上げ式かはね上げ式の天窓を作ったらよい。

安くて丈夫な天窓を安価につけることはまだできていないが、筆者はサイド巻き上げと同じ要領で天窓を作れば、雨よけを含めた多くのパイプハウスで威力を発揮するのではないかと考えている。

西南暖地の盛夏の栽培は別として、促成・半促成の 後半や長期促成の初期の短かい期間の過高温はこの程 度で相当な効果が上がり、作型の幅を広げ、生育を安定させるのではあるまいか。もちろん寒高令地の雨よけだって盛夏の暑さは高温に過ぎるからやってみる価値はあるだろう。

なおよく見られる妻面のドアの上に申し訳け程度に付けられている小窓は、春先などの一時的な高温を下げる効果はあっても、盛夏の天井付近に滞った熱気を 抜く効果はほとんどないと知るべきだろう。だいたい 50メートル以上も長いハウスで側窓を十分開けてあれば、 この小窓から抜ける空気は妻面から1~2メートル程度のも のだろう。これもエントツ効果の一種にはちがいない が、サイドが開いているときエントツの吸引力は近くの空気にしか効かないものである。エントツ効果は利用すべし。ただし小さなエントッの効果は過信するべからずである。

 

 

 

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 葉無しのハナシ

 

-摘葉のやり過ぎは禁物-

 

きのこ類ならいざ知らず、野菜は葉が無ければ大きくなれないことは誰でも知っている。しかしながら結構葉が少ないために収量や品質を落としている例が多いから不思議である。 病気や虫で葉をやられたのなら防除不十分というこ とで次の対策も立とうというものであるが、栽培技術を知らないために、自分で葉面積不足にしてしまい、 しかもそれが悪いことと気付かずにいるとしたら、それは考えなおさねばなるまい。

 

▶トマト

トマトが葉面積不足に陥る場合は二通りあると思う。まず苗作りを締め過ぎてかつ定植が遅れた場合である。加えて定植初期の水や肥料を控えて生育を抑えると、茎は細く、葉は小さく葉面積が絶対的に不足する。

形のよい果実は着いても収量は望むべくもない。成りぐせをつけ、品質を向上させるために初期生育を抑えるのはトマト栽培のイロハではあるが、行き過ぎは 禁物である。

次に桃太郎のような品種では、生育の後半樹勢が急速におとろえ、収量が上がらない例が多い。これも葉面積が少ないせいであるが、この場合は第三果房が開花して樹形が定まった段階から水と肥料で追い上げて 樹勢を保つことに努めれば解決する。

付け加えるなら、生育後半の下葉欠きのやり過ぎが多い。下葉は緑色を保っている限り、呼吸量より光合成のほうが多く、玉の肥大や、樹の生育にプラスであるからむやみに葉は欠かず、病虫の被害葉や老化して黄変したものの摘葉に止めるべきだろう。

 

 

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ただし長段穫りのつる下ろしで地面に這ってしまったものは病虫の巣になりやすいから、緑色でも順次欠いていかざるを得ない。

 

▶イチゴ

ポット育苗のコツはいくつかあるが、充実した大苗を作り、必要な時期に窒素を切るのが基本である。大苗を作るコツは葉面積がある程度必要なことは自明の理であろう。 ところがどうしたことか全国の産地で育苗中の苗の葉をやたらと欠いて、展開葉二枚くらいにしてしまうことが流行っている。苗が小さかったり、下葉を輪斑病にやられたりして二枚しか葉が無いものなら致し方ないことであるが、どうもそうばかりでもないらしい。 そこで思いつくのは次の二つの理由である。

・葉を欠くとクラウンが太くなる。

・古葉を欠くと花芽分化が早くなる。

困ったことにこの二つはある意味では正しい。ある意味ではということは多過ぎる古葉は欠いたほうがよいと考えてもらえばよい。 欠き過ぎはむろん苗の生育を遅らせるから充実した大苗になりにくい。理想的には普通ポットで鉢上げか ら八月中旬までは常に展開葉四枚を維持し、その後、 定植まではいっさい葉欠きをしない、を原則としたらよいと思う。 下葉が老化したり、病虫害にやられたら四枚にならなくても欠かざるを得ないことはトマトと同様である。

 

▶その他

メロン、キュウリ、ナスなどでも産地による流儀があって、過摘葉による葉面積不足をたびたび目にするが、日当りとか過繁茂とかの解消のために目的を持って欠く以外やり過ぎの場合が多い。 「話にならない葉無し」にならないように、理論的 根拠を持って葉欠きをやってもらいたい。

 

 

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 大小の話

 

-レタスの球重調節-

 

レタス、キャベツ、ハクサイなどはいずれも大きくて球のしまりがよいものが上物とされてきた。

近頃消費者(市場かも)の好みは異なるそうであ る。球のしまり過ぎは中身が白く栄養がないので、ゆるくて中が白くなっていないものがよい。また大きさも大き過ぎず小さ過ぎず一年中一定のものが良いとされる。

作る側の農家は大変である。レタスをみても、いつも同じ気候条件で作るわけではない。大きくなる時 期、小さくしかできない時期がある。

しかし消費者は王様だ。そしてレタス農家はその道のプロである。プロであるからには王様の要望にこたえるべきだろう(プロの道は厳しいのだ)。

玉レタスにも品種が多数あるからまず品種を選ぶべきだろう。大きさが不足する時期は大玉品種、大き過ぎると市場からいわれる時期は、小玉品種というよう に…。

次は作り方である。肥料(特にN)を少なく、潅水 を控えれば小さく、逆にすれば大きくなるだろう。収穫時期も早ければ小さ目、遅くすれば大き目になるこ とは当然だ。しかしこれらで調節しきれないこともままある。品種にしてからが大きさはちょうどよくても 病気に弱かったり、味が悪かったりしたら使うわけにはいかない。

 

▶苗の大小と球の大きさに関連性

いつも述べているように世の中は広い。儲かりそう な情報は広く網を張っていて着実にものにしなけれぱ 損である。レタスの球重の調節にしてもちゃんと研究 している人がいる。冬レタスの本場、香川農試にいた 西谷技師である。西谷さんは香川青果連の依頼によ

 

 

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り、レタス苗の大小と球の大きさの研究をやった。その結果、小さい苗を植えれば大玉に、大きい苗を植えれば小玉になることを発見した。

 

▶培土量と根量が後の生育左右

冬レタス日本一の香川県の農家はこの研究結果を利用して、長期にわたるレタスの出荷期の各品種の球重を市場の好みの大きさに合わせて出荷することに成功 し、見事プロの面目を保ったのである。

このことは多少の解説が必要かもしれない。苗の大小といっても、小さなペーパーポット内でのことであ り、仮に五号ポットのような巨大な鉢でこれをやったとすると大苗でも小苗でも定植したあとは同じ生育となり、収穫の時には共に大玉となってしまうだろう。

要するに培土の限られた小さなポットで育苗する時、育苗日数の短い若苗は、小さいけれども定植後は のびのび育ち、大玉となる。日数の長い大苗は、苗は 大きいが根が巻いて肥料は不足し、すでにポットの中で生育抑制が始まっている。

定植により根の制限は解除されるが、抑制されていた苗の素質は多少老化苗の性質を有し、その後のびのびとした生育をしない結果、小玉となるのである。 ポットの培土量と根量の割合がその後の生育を左右 する。

 

▶他の野菜も同じ傾向

レタスにおけるこの現象はポット育苗をして定植する他の野菜類(葉菜・果菜を問わず)にも共通する部分があることは注目すべきである。

結球葉菜の球重の調節はもちろん、果菜類では栄養生長と生殖生長のバランスをとるために苗の大小、育苗日数の長短を利用することが多い。

 

 

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 土壌消毒はこれだ!①

 

地球の大気がよごれ、上空のオゾン層に穴が開き始めたそうだ。これはオゾンホールと呼ばれ、穴を通して人間に有害な紫外線が降りそそいでいる。オゾンホールは南極上空その他にいくつかあり、早く対策を 立てないと人類が危ない。オゾン層の破壊は冷凍機の冷媒であるフロンガスによることは有名な話だが、土壌消毒剤の臭化メチル(メチブロ)でも生じる。そのため臭化メチルが使えなくなることは周知の事実であろう。

 

▶メチブロの代替は?

メチブロは便利な農薬であった。施用法は簡単だし、病虫害にも雑草の種子にもよく効いた。これが 使えなくなるとわけても施設園芸農家は頭をかかえてし まう。早く次の策を講じなければなるまい。

メチブロの代替品には、クロールピクリン、バスアミド(ガスタード)などが考えられるが、クロピクは 使いにくさで敬遠されそうだし、バスアミドは効果と作物への薬害の点で心配である。

しかしこれぞ、という代替品は今のところないので、なんとかバスアミドを使いこなすしか手はないだろう。 バスアミドは土壌水分が十分ないと殺菌効果が出ない薬剤である。十分潅水したつもりでも水分にムラが あるとその部分の効果がうすれる。そればかりか水分不足の場所は薬剤があとに残り、作物への薬害を生じる。

また雑草の種子やネマトーダを殺す働きは弱く、ウイルスには効かない。メチブロに比べて使いにくい所以である。

 

▶バスアミド+陽熱殺菌

人の発明で、施設園芸で世界的なものとして筆

 

 

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者は「地中熱交換暖房」と「陽熱殺菌」を挙げたい。 メチブロ禁止の非常事態にその一つ「陽熱殺菌」が登場しそうである。

陽熱殺菌は勝れた消毒法であるが、やり方が面倒で 労力がかかるのと、盛夏の暑さが不足すると効果がうすれるのが欠点であった。ことに深根性の果菜類では暑い夏でも効果が不安定で、イチゴ以外のハウスではそれほど利用されている方法ではない。それ故に、今回も単独での採用は二の足を踏まざるを得ない。そこでバスアミドとの併用が編み出されたのである。

おどろいたことに、陽熱殺菌の発明者である小玉孝司前奈良農試場長は、開発当時からバスアミドの併用を考えていたそうである。それはハウスの外縁はどう しても地温が上がらないからその部分だけにバスアミ ドの併用をやっていたというのである。

結局面倒なのと、イチゴでの不都合はそれほどでも ないため中止になっているが、その先見性には頭が下がる。いまそれがメチブロ禁止の事態に及んで全面施用となって復活したのである。

常法どおり有機物とともにバスアミドを入れ、畦立 てをし、水を張った上にマルチを施し、ハウスを密閉して盛夏に一カ月蒸し込む。研究によると病害虫も雑草もこれで安全。立派にメチブロの代わりになるようだ(ただしウィルスは不活化しない)。

おまけにバスアミドは完全に分解してしまうから地下水汚染にもならないそうだ。また一時は水田状に水を張るわけだから水不足による効果の減少や、薬剤の未分解による作物への薬害もない。

「やらなきゃ損」の技術といえる。筆者は無精者だから、陽熱殺菌を多少手抜きしても効果は同じだと思っているが、小玉さんはニヤッと笑って「土づくり にもなるのでチャンとやった方がよいでしょう」と 宣った。

 

 

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 土壌消毒はこれだ!②

 

-バスアミド使用法パート2-

 

先に「次世代の土壌消毒対策はバスアミド(ガスター ド)が本命!」と述べたら大変な反響があった。筆者も 現場の関心がきわめて高いことを実感させられた。

そこでさらに万全な理解を持ってもらうために足り なかった点を補足しておきたいと思う。

まず、バスアミドも固体とはいえ水と反応してガス状になって効くものであるから、ガスがとどかない深い所、あるいは固い土の中には入らないから効かない。 土塊を細かく砕きある程度の深さまで薬剤をすき込むことが必要となる。もちろん薬剤の量も問題で、ハウス土壌の消毒では10a当たり30Kgへ育苗鉢土で 一立方m当たり30gは使用しなければならない。

 

▶被覆フィルムに御用心!

ガスになって効果をあらわす薬剤であるからガスが逃げないようにフィルムで覆う必要がある。

フィルムはガスの通りにくいものであればなんでも よいのであるが、近ごろは特にガスの逃げにくい土壌消毒用のフィルムも販売されている。

先にバスアミドによる消毒は太陽熱消毒と組み合わせると最も効果が高いと書いたが、太陽熱消毒はハウ スの外張りのフィルムも密閉することを前提としているので、外張りのフィルムに穴があいていては効果が劣る。とはいえ新品のフィルムでは高温高湿で無滴性 が台なしになる。古いフィルムで穴をふさいで蒸し込むのが正解であろう。

 

▶地温と使用上の注意

温度が低いとガスの発生やまわりがわるい上に抜け にくい。地温10℃以下のときは使用しないほうがよ

 

 

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い。また消毒期間は二週間であるが15℃以下のとき は数日延長し、ガス抜きもていねいにやらなければな らない。地温が低くて薬害の心配があるときは密封したピンの中に土を入れ、ダイコンやレタス種子で発芽 テストをした上で播種や定植をしたほうがよい。

 

▶安全でも毒は毒

比較的安全で、機械や手で散布できるのであるが、 皮膚に付くと刺激があるので手袋を用いたほうがよいし、保管・取扱い中に水がかかると有毒ガスが発生するので注意を要する。 ハウス内に他の作物があるとき使用するとガスがハウス中にまわるので薬害を生じる。露地の場合はガス害の心配は少ないが、散布の薬剤がかからないようにある程度の距離を置く必要があることは当然である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 そよ風の効用

 

施設園芸は気象環境を調節して、自然条件より良い 生育をさせるための栽培方法である。温度や光線は誰でも知っている気象条件の一部であるが、「風」についてはあまり知られていないし、調節している例も少ない。わが国のハウスの弱点ともいえる風の調節について考えてみよう。

風は空気の移動(流れ)である。密閉されたハウスの中でも多少の空気の流れはある。ハウスにはどうしても隙間ができるし、なによりも位置による温度差があるからである。しかしながら、これらによる風はきわめて微弱で無風とそれほど変わるところはない。

換気を行うと風はかなり生じ、ことに天井を開けると上昇気流で上向きの風が起きるがそれとて作物に十 分な風速とはならない。 風が作物生育に関係あるとすればどの程度の風が必要なのか、あるいは密閉ハウスの中でどうやって風を 起こすか知っておく必要があろう。

 

▶なぜ風が必要なのか

風の必要性は次の三つだと考えられている。

●湿度を下げ、病害の発生と作物の生育に影響する。

●炭酸ガスの供給を良好にし、光合成を増加させる。

●作物に物理的刺激を与え、内生エチレンの発生をうながす。

病害は高湿度で発生しやすいものが多く、乾燥によ り増えるものはウドンコ病だけである。したがって風 により湿度が下がればよい方向ということができる。 しかし、生育は空気が乾けば抑制され、多湿で促進 (ときには軟弱徒長)するので、野菜の種類・生育時 期により一概にはいえない。 炭酸ガスの供給は理論的には風が強いほど良好とな

 

 

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る。しかしながら、強風だと葉が脱水され整理機能が おとろえるのでおのずから限界がある。

ちなみに炭酸ガスは葉の近くから吸収されて、そこが低濃度となるが、風は空気を撹拌するので結果的に 葉の近くの濃度を上げ、光合成を増加させる。

風の刺激による内生エチレンの発生は節間を短かくし、がっちりした草姿を作る。風の弱いハウス内の作物が徒長気味になるのは内生エチレンの発生が少ないのも一因である。

 

▶どの程度の風速がよいか

多湿で病害がでやすいといっても、葉や花に結露することが問題なのだから、結露防止のための風速はそれほど強いものではない。むしろ光合成や生育からみてどの程度が望ましいかで風速は定まる。

それはおよそ秒速0.5~0.7m綴とみられる。ハ ウス内、特に密閉状態のハウスではこれだけの風速は得られないから、冬の日本のハウスではほとんどが風が不足しているといえる。積極的に風を起こすことを考えねばならない。

 

▶撹拌扇の利用を

この際わが国では設置が少ない撹拌扇の利用をおすすめしたい。撹拌扇により適度な風を起こせば、多くの病害を回避でき、光合成を盛んにすると同時に生育が制御可能だとすれば一石二鳥である。

そのための費用は安いものであろう。次善の策としては暖房機の送風機利用が挙げられる。風は少ないかもしれないがそれなりの効果はあるであろう。換気扇 は温度の低下を伴うが、高温で換気が必要な場合であれば当然風の効果も期待できる。

 

 

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 根深くして葉茂る

 

-楽して得する深耕のお話-

 

「根深葉茂」とは中国でも韓国でも日本の佐賀にも 昔から稲作のことわざとして伝わっているそうだ。稲作のコツではあってもこれぞ施設野菜の奥儀ではなか ろうか。

 

▶良い士を深く

誰もが十分に根を張らせ、その上に十分な葉を茂らせた良い野菜を作ろうとしている。結果として儲かる ことを知っているからである。しかし思うようにいかないことが多い。

全部が土のせいではないが、土が原因である場合もまた多い。ここはひとつ自分のハウスの土を見直し、 悪かったら改良することを考えねばなるまい。できることなら金も苦労も少なくて…。

良い土の定義はすでにあちこちで述べられているの でしばらく置くとして、「深く」を考えてみよう。トマトやキュウリの根を好きなように伸ばすと1mはお ろか2m近くも入るそうだ。ロータリーで耕起したハ ウスの土はたかだか20cmしかない。それだけでも深 さ不足は明らかだが、そのうえその土が悪かったら 「悪い土が浅く」である。とても「根深葉茂」とはい かない。

連作障害の主因である病虫害対策を行ってもなおかつ悪い土は塩類集積と土の物理性の悪化であるが、こ れを一度に改良するのが深耕と考えてよかろう(別に 湛水やクリーニングクロップの作付けなどもある)。

それ故に金と労力をかけても高品質多収のためには …と一脚を越え二燭に近い深耕(超深耕)をする産地もあると聞く。それで目的を達し、結果的に儲かれば それでよい。しかしそれほど収益の上がらない栽培ではマネのできる技術ではない。

 

▶部分深耕ってなあに?

根を深く張らせるには、軟らかい土が深いことが必

 

 

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要だ。また表層土が塩類集積で生育不良であれば、深耕による士の混和がそれを解消することも確かである。問題は全面を深く耕起する必要があるかどうかである。

ハウス栽培の主要な部分を占める大型の果菜類、 キュウリ、トマト、ナス、メロン、スイカ、ピーマンな どでは、畦幅が少なくとも1.3m以上と広く、かつハウスのどこに畦ができるのかも毎年決まっている。

そうした場合、深耕の第一段階(一回目)としては、 まず畦の心に20cm幅のトレンチャーをなるべく深く走らせる。5~6m間口のハウスではわずか四畦、面積にして30分の1である。

深さは深いほど良く、60cm以上は必要だろう。 せっかく深い溝ができたのだから、溝の下部には未熟有機物(粗大有機物でもよい)を入れ、上部には完熟 堆肥を入れて埋めもどせば深耕効果の持続と塩基集積 の改良ができ、おまけに堆肥の節約も可能だ。

これが部分深耕のやり方で、「楽をして効果を上げ る」技術の一つと筆者が提唱しているものである。

 

▶土壌は不均一でいい

部分深耕で成果が上がる根底には「根圏は不均一で よい」とする筆者永年の考え方がある。不均一は土の軟かさばかりではない。

すでにおわかりのように、堆肥もハウス全面には入 らない。さらにリン酸を中心とする肥料も畦心にやるとすれば肥料も不均一だ。こうして作った畦に果菜を植え、いま流行の点滴潅水(または施肥)をするとすれば、土壌水分だって全面全層には行き渡らず不均一である。

こうした多くの「不均こが作物生育を必ずしも悪くすることなく、かえって良い場合が多いことが実際 栽培で実証されていることはまことに喜ばしい。濃いNやK肥料のように局部施肥では根を痛め、土壌病害 を誘起する(たとえば青枯病)ようなこともあるのですべてではないが、「不均この利用で金・労力を節 約し、良い栽培を成功させる一石二鳥の土壌管理を昼 寝の間に考えてみてはいかが…。

 

 

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 喉元を過ぎない間に

 

-今夏(平成十二年)の天候とイチゴ-

 

常気象が常のこととなり、今夏の東暑西雨もあまり驚かなくなったのではなかろうか。しかしながら、 作物のほうはたしかに驚いている。つまり天候に反応している。記憶が新しいうちにその関係を考えてみよ う。

すべての作物を見渡すわけにもいかないので、イチゴを一例として挙げることとする。

 

▶「東暑」とイチゴの花芽分化

前にも述べたように、促成栽培で一番多いポット育苗は、窒素を切って花芽分化を早める方法なのであるが、窒素切れだけでいつでも花芽ができるわけではない。盛夏から初秋に向い、分化のための最低限の短日 と低温の条件が揃わなけらぱならない。

日長は毎年同じであるから異常気象は関係ないが、 高温はおおいに関係がありお彼岸まで暑かった今年は いくら上手に窒素切りを行っても分化の遅れはまぬがれない。

そこでどうするか?、ここが技術の分かれ目なのであるが、そんなに難しい話ではない。要は定値を遅くすればよいのである。

 

▶分化後定植が基本

ポット育苗による促成栽培を失敗しないコツはいくつかあるが、大事なポイントの一つが「花芽分化確認後の定値」である。暑くて分化が遅れれば当然定植は遅れることになるのであるが、それさえ守られれば異 常気象も問題はない。収穫始めは四~五日遅れても大勢に影響なく栽培は続けられるものと思われる。

しかし、もしそれが守られず、例年どおりの早植えをしたとしたら、定値により窒素を吸収し、花芽分化 は大幅に遅れる。まず年内の収穫は望めない。過去の 同様な気候の年にこのような失敗が多かった。今年は 「失敗のなかったこと」を願うのみである。

 

 

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▶「西雨」とイチゴ苗の生育

西日本のイチゴ苗は軒並み生育が悪かったそうである。生育中に雨が多く、日照量が不足したから仕方がないとあきらめムードでさえある。苗の大きさは収量に直接響くから今年の収穫が心配である。

さて「反省」である。雨が多い夏はイチゴ苗が小さくなってしまうものであろうか。筆者の見解は 「ノー」である。雨が多ければ日照量が少ないのは自明の理ではあっても、それが生育不良の主原因ではない。

光合成の光飽和点は、イチゴでは2~3万ルックスとあ まり高くない。今夏の雨程度では光不足がそれほどこたえたとは思えないからである。それよりもひびいた のはポットの水分過剰であり、雨による葉のぬれであ る。根が水浸しになれば痛んで肥料の吸収ができない。葉がぬれれば気孔をふさいで炭酸ガスの吸収ができない。光は不足しなくてもこれでは生育が十分とは いかない。

 

▶基本に忠実ならば 異常気象克服可能

これらの回避は雨除け下で育苗すればほとんど可能 だったはずである。その上問題のタンソ病も抑制するから一石二烏だったのである。

「今ごろ聞いても遅すぎる!」といわないでいただ きたい。「ポット育苗は雨除け下で育苗することを原則とする」と筆者がいったのはもう一五年以上も前のこと。その後も機会あるごとに指導してきたもう一つ のポイントだったからである。

雨の無い夏はない。立体採苗などで雨除け下のランナー採りはかなり見られるが、育苗床での雨除けは比較的少ない。台風がこわいから、というのがその最大の理由らしい。雨除けのビニールくらいは台風の予報とともにはずしたらどうだろうか。 今夏の「東暑西雨」に関してイチゴの育苗をふり返ってみた。何事も基本に忠実なら異常気象の被害も軽いのである。

 

 

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 色の道教えます

 

「お前の書くものには色気がない」と読者からおし かりをいただいた。したがって今回は「色」のことば かりを満載しようと思う。ただしあまり期待されないほうがいい。なにしろ若いころ全然女性にもてず、40歳を過ぎて人畜無害になったころからどういう訳かもて出した筆者のこと、皆さんの参考になるようなもてるコツを知っている訳がない。せいぜい野菜の 「色」のことでも書いてお茶をにごすこととしよう。

 

▶植物の源・緑色

すべては緑色から始まる。作物は生長させなければならず緑の葉、葉緑素(クロロフィル)に光合成を行わせる必要がある。紫のシソがあるではないかといわれそうだが、あの葉だって、紫にまじってクロロフィルは多量に含まれていて、外見上、紫に見えるだけである。

さて、クロロフィルを作る光線は可視光中にあって 紫外線は何の関係も持たないが、病虫害の回避のために紫外線カットフィルム(カットエースなど)を使うと緑色が淡くなるといわれることがある。 これは生長が良いために葉が黄味を帯びるのと、生成に紫外線を必要とする色素(アントシアニンなど) が減少することによる。

人間の目に見える色はシソの葉と同じく混じったものを見ているのであり、緑色以外の色素でも減れば緑が淡く感じるものなのである。

緑色を淡くする必要がある野菜もある。モヤシ、軟白ウド、黄ニラなどの軟白物である。クロロフィルを 作るのに必要なのが可視光なら軟白は可視光をさえぎり暗くすればよいのである。

例外的に光が強いと緑色が淡くなることがある。ソ ラリゼイションといって、強光と高温の重なった盛夏に生じやすいクロロフィルの分解である。

 

 

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イチゴのポット育苗の後期にN切れを生じさせ、葉色が黄色になった苗に温度を下げるため遮光を施すと緑色が多少回復する。農家は「Nが効いてきた」と いっているが、施さないNが効くはずがない。単にソ ラリゼイションが軽減されたに過ぎない。だまされないでもらいたい。

 

▶緑色を濃くするには

葉菜類などでは品質上緑色が濃いものが望まれるが、日当たりを良くするほか、アンモニア態Nの施用、収穫直前の水切りなどが効果を発揮する。

アンモニアがなぜ緑を濃くするのか理論的にはなお 疑問のあるところであるが、鉄分の吸収が多くなることは明らかで、クロロフィルを生成する時の触媒としての鉄の吸収と関係があると思われる。

 

▶クロロシスの回避

病的にクロロフィルの生成が不良で、葉が黄白化する現象をクロロシスと呼んでいるが前記の鉄のほか苦土・銅・マンガン・亜鉛などの欠乏が主なものである。

これらの欠乏は葉面散布により軽減することができるが、根本的には土壌改良によらねばならない。それらの成分が土中に不足しないことは無論必要であるが、その他ではphの適正化・過剰塩基(K、Ca、アン モニアなど)の対策が必要である。

 

▶紫外線と色

前述のように、アントシァニン系色素の中には、発色に紫外線を必要とするものがあるから、紫外線を透さないフィルム(カットエースなど)の下ではそれらの発色を必要とするナスや花き類を栽培することはで きない。病虫害回避のためにカットエースを使えば、 減農薬栽培は可能であるが、事前に十分調査した上での使用をお願いしたい。ただし、苗のときに使うのは いっこうに問題はないので、間違えないでもらいたい。

 

 

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 撒いた肥料は拾えない

 

肥料のやり方のお話である。

肥料って何だろう?となると筆者にも正確な解答はできない。それほどまだ不明のことが多いのである。

難しいことをいっても仕方がないので当たりまえの 言い方をするとすれば、「作物に必要な成分で、普通 では足りないから人間が施してやるもの」ということになる。しかしながら作物の必須成分すらまだはっきり判っていない。およそ十数種だろうと推測されてい るだけのことである。塩素(cl)が必須成分に認めら れたのは最近の話であり硅酸(Si)やナトリウム(Na)は まだどちらともいえない状態なのである。

必須元素と判っているものの中でC・H・Oは水や 炭酸ガスとして供給されるので普通肥料とはいわない。残りの12~13の元素は場合によっては不足することがあるので肥料になり得るのである。さらにそ れらの中で作物が比較的多く吸収するN・P・K・Ca・Mg・Sなどを多量要素、その他を微量要素という

 

▶緩衝能の大きい土を

必須元素はその名の通り作物の生育にはなくてはならない元素であるから、足りなければ肥料としてやらな ければならないのだが、反面、十分にあればよいというものでもない。多過ぎると害になるからである。人間におけるアルコールと同じであんまり飲み溜めはできないのである。あまりできないということは少しはできるということでこれが農家がだまされやすいところである。

まず「少しは溜められる」理由を説明しておこう。 一つは作物側の許容幅にあり、多少の不足、多少の過剰には耐えられるようにできている。

他の一つは土の緩衝能に応じてある量は溜め込むことができる。したがって緩衝能の大きい土は肥料をやり過ぎても作物に過剰害の出にくい士といえる。そう

 

 

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いう土を深く作っておけば作物の栽培が大変やりやすいということがいえる。

土の緩衝能はC・E・Cで表わされる。15とか20とか25とかいわれる数字で勿論大きい方が緩衝能は高いのである。

土質によって砂土は低く、埴土(粘土質)は高いことは知られているが、高く改良するには粘土質の土の 客土を行うか、堆肥を投入すればよい。

 

▶トマトとイチゴは要注意!

紙数の半分を過ぎてようやく「本題」に入る。各人 のハウスの土の緩衝能に応じ、また各作物の耐性に応じた肥料(とくに基肥)の限界量はきまっているのだからそれ以上入れてしまったら、まさに「撒いた肥料は拾えない」わけであり、その作では取り返しのつか ない失敗となる。どの作物にもそうした失敗はあるのであるが、筆者の経験ではトマトとポット育苗のイチ ゴでその例が多い。

トマトの基肥で肥料(特にN)が多過ぎたら枯れな い程度でも初期過繁茂の原因となり、高品質多収はそれだけであきらめざるを得まい。

ポット育苗イチゴの基肥が多過ぎたら乱形果や先青果の発生、第二果房のおくれにつながる。

定植する野菜は、どれでも植えるときが一番小さいわけだから大量の肥料は必要ない。その上効き過ぎたらいろいろな弊害が出るとしたらなにも基肥を多くやることはない。撒いた肥料は拾えず、追肥はいつでもできるのだから…

 

▶新しい道

とはいえ時代の進歩の早さはすさまじい。以上の 「方程式」に乗らないやり方も始まった。一つはロングを始めとする超緩効性肥料の登場であり、もう一つ はリアルタイムで作物と土壌の肥料の濃度を知り、そ のつどそれに応じた施肥を行う養液土耕である。基本は同じでもやり方は異なる典型的な例である。

 

 

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 美人薄命

 

-作りにくい品種を 作りこなすのが儲かるコツ-

 

▶高品質品種は弱い

もともと野生種から改良されてきた野菜であるが、 「丈夫で長持ち」に改良されたわけではない。食用に適し、収量が多い方向に変えられたもので、さまざまな「強さ」については野生種よりも結果として弱いものになっている。畑に放置すれば雑草に負けてしまう し、病虫害にも弱い。

したがって一昔前の品種改良の目標が「耐病虫性」 であったことは当然である。現在でもその目標は放棄されたわけではないが、なにしろわが国は飽食の時代、それよりも高品質が重視されている。

「耐病虫性」と「高品質」は両立しないものでもないが、なにがなんでも「高品質」な品種となれば「丈夫で長持ち」が多少欠けても仕方がないことなのかもしれない。かくしてトマトでもイチゴでも高品質をうたう新品種は作りにくい結果となるのである。

作りにくい品種を作りこなすこと、これが高品質時 代の施設野菜の一つの儲かるコツであることは間違いない。

 

▶桃太郎を作りこなす

いうまでもなく桃太郎はトマトの高品質品種の魁であった。樹上完熟を「甘熟」とゴロ合わせし、甘さと 日持性であの三越デパートのお中元リストに載ったりした。追随した他社も合わせて日本中の品種が樹上完熟に走ったのは「桃太郎現象」といってよいかもしれ ない。「美人薄命」のたとえどおり、この品種は弱く 作りにくかった。

病気にも弱かったがことに上段の樹勢が弱く、収量

 

 

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が減るのに悩んだ農家も多かったのではなかろうか。 いかに高品質でも収量が少ないのは困るから、第三花房開化までは生育を抑え、それ以降は思いきって肥料をやり、潅水をする栽培法を指導したところ、まさに 高品質多収、理想的な桃太郎の作り方となった。「美人」を「薄命」でなく、丈夫で長持ちする健康体にすることが可能となったのである。

 

▶イチゴの新品種を作りこなす

・とよのか

甘くて香り高く日持ちの良い「とよのか」は市場の 人気が抜群である。しかしこの品種は着色不良のために育種途中で捨てられそうになったいわくつきのイチゴであった。

それを今日の隆盛に導いたのは研究者と農家の努力の賜ものである。着色不良は白ろう果とも色むら果ともいわれるが、研究の結果、果実への日照不足と低温が原因であることがわかり、肥料と潅水の多過ぎに注し、果房の引き出し、やや高い温度管理(昼夜とも) などの栽培技術が編み出された。

保温性の高いハウスホットなどのビニールが使わ れ、加温機も導入された。いまでは九州においては着色不良で栽培が成り立たないということはまれになっ た。

・とちおとめ

西のとよのかに対抗すべく東の高品質品種「とちおとめ」が世に出たのは最近のことである。この品種も 高品質品種につきものの作りにくさを有している。

根が弱く、果数が少なく、不良環境では種が浮く。 作りこなすには土づくりを十分行った上で締った大苗を植え、低温に合わせず順調な生育をさせなければならない。加温機やハウスホットはとよのかと同様大変効果的である。

ハウスホットは光の散乱がよいので後半の着色過剰 (黒ずみ)を抑制するおまけまでついて、「とちおとめ用ビニール」ともいわれている。

 

 

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 何とかの一つおぼえに徹せよ

 

-下手な考え休むに似たり-

 

▶初心者が成功する!

正しく書くと「差別」になるそうなので「なんとか」 にしたが、なんとかではない読者にはお判りのことと思う。

別のことわざに「下手な考え休むに似たり」というのもある。二つのことわざともにダメな人のことなのであるが、筆者は栽培技術については条件つきで前者を良い栽培のコツの一つと考えている。

後者は文字通りで、正しい栽培法を教えられたのに、自分で考え過ぎて失敗してしまう悪い例といってよかろう。

もう20年も前のことである。筆者らが開発した 「イチゴのポット育苗」を普及させるため、ある県で 講演会を行った。当時話題の画期的な技術であったため新旧多くの産地の農家が多数集って同じ話を聞いて帰った。

一年後に行ってみると大成功をおさめたのは初心者ばかりの新しい産地だけであった。初心者はなにも判 らないから筆者のいうとおりに栽培するしかなかったのであり、その「一つおぼえ」が成功のカギであったのである。

その一つおぼえのコツとはなんであったか。いまでも通用する技術と思うのでここで再録すれば、「充実した大苗を作り、八月下旬には窒素が切れること」。 たったこれだけである。経験豊かな旧い産地はこれができなかった。

それは「下手に考えた」からである。推測すれば「大苗を作るには肥料を多施しなければならない。肥料が多ければ窒素が切れず花芽が遅れる。だから怖くて肥

 

 

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料はやれない」といったところだろう。

ところがポットは土の量が少ないから、初期にいくら肥料を与えても三週間もあれば肥効は切れるのであり、それをめざしたのがポット育苗であったのだから 「考えた」だけ無駄だったことになる。

しかし云うは易し、行うは難しである。曲りなりにも促成イチゴの各産地がこのコツを会得し、早出しと多収の両立が可能になったのは早いところで10年、 遅いところでは20年を経た現在でもまだ筆者から見 て十分とはいえないからである。

 

▶正しい技術を迷いなく

筆者は口が悪いから「下手な人ほど若苗を植えろ」 (キュウリ)だの「リヤカーが通れるような一条植え をしろ」(トマト・キュウリ)だのといっては物議をかもしているが、これらは理論的に正しい技術を人目を引く言葉でいっただけのことであり、「一つおぼえ」 で実行してもらってよい技術である。

それが証拠にはこれらの技術は次第に全国に拡がって行っているのである。

 

▶ぶつかけ屋にご用心

人の話をなんでも鵜呑みにして実行しろということではない。ぶつかけ屋といって、これをかければよくできますよ、というのがよくある。

なかにはあやしげなのもあるのはご存知のとおり。 あふれる情報のうち、正しいものを見分ける目は持たなければなるまい。

「お前の情報はすべて正しいのか」といわれると自信はないが、少なくとも理論的には正しいと思っていることばかりであり、やるやらないはご随意に、というしかない。

 

 

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 不時栽培のうまみ今も

 

-宝探しには夢がある-

 

ハウスを上手に使って儲かる野菜栽培をしたい、とは今も昔も誰もが思う経営の本音である。

不時栽培はその野菜が自然の露地栽培で収穫できる時期を外して栽培することをいい、江戸時代の昔から儲かる野菜の有力な栽培法としてさまざまな工夫が凝らされてきたものである。

 

▶九月のホウレンソウ

筆者の若いころ、この不時栽培の「夢」として先輩 から聞かされたのが「九月のホウレンソウ」である。 ホウレンソウは暑さに弱く、長日で抽台してしまうの で夏の栽培はできなかった。

九月だとうまくいけば収穫できるかもしれない。出荷できれば儲かりますよ、という意味なのである。

今では品種と栽培法の進歩で冷涼地ならば苦もなく栽培でき、周年供給が可能となっているが、それでも 真夏のホウレンソウはまだ有利な野菜といえる。

 

▶農ビが手助け

昭和30年代以降のビニールハウスの発達はほとんどがこの「九月のホウレンソウ」をねらったものである。

ハウスの温室効果は野菜の早出し(促成・半促成) 遅出し(抑制)を可能にし、ビニールさえ掛ければ儲かるしあわせな時代がかなり続いた。温風暖房機が普及し、低温期の不時栽培は農ビとのコンビで飛躍的に進歩した。

また冷涼地での施設化で多くの野菜が高温期の出荷 も可能となり、わが国は世界に類を見ない野菜の周年供給の体制に向かっている。

 

 

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▶1粒1,500円のサクランボ

とはいえ、消費者の欲望はきりがない。ありふれた トマトやキュウリでもまだ端境期はあるし、百数十種 類あるといわれる野菜のかなりの部分はまだ「季節野菜」のままである。

これらの不時出荷を試みるだけで二十一世紀初頭の 施設野菜農家の経営は安泰だ、と筆者などは老えてし まうほどである。

目下「不時出荷」の最たるものはサクランボではなかろうか(野菜ではないが)。サクランボは初夏の果物であるが、ハウスに入れたり、暖房を加えたりすることにより早出しが可能である。

早いほど高値なので秋から加温して正月に出そうとすると休眠のため葉も出ない。コンテナ植えにして休眠を冷蔵庫で破り、ハウスに運び出すと正月に収穫ができる。この果実は1粒1,500円以上はするようである。

 

▶赤いルビー夏秋イチゴ

野菜に目を向けるとまずはイチゴである。施設面積ではトップのありふれた果菜であるが6~11月の出荷は非常に少ない。生食どころかケーキ用にも事欠くのでカリフォルニアからまずいものを輸入している。

国産があればなお高値なので「赤いルビー」といわ れている。一軒で1日に30万円とか50万円とかの 出荷はこの時期には夢ではなく、寒冷地に少数の産地が存在する。夏向きの品種が多いが、女峰やとちおとめでも出荷する技術はすでにできている。多くの野菜の中からこのような宝さがしをすることは楽しいばかりか外圧が強まるなか、二十一世紀に生き残る奥の手 の一つでもあろう。

 

 

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 常識のウソ・スイートコーンの徐けつ

 

-山梨農試の 「常識に挑戦」に敬意-

 

スイートコーンの早出し栽培の先進地はなんと山梨県である。無加温でトンネルやハウスを利用する栽培であるから、春が早い暖地に特産地ができて当然なのに山梨県であるところが面白い。

適地適作とはいうが、「適地」だけで産地ができるわけではない。産地の形成には農家の意欲と研究・指導がいかに大切かを示す好い例といえよう。

 

▶先端不稔の解消になやむ

早出しのスイートコーンは高級品であるから、単に早いだけでなく高品質でなくてはならない。大きさや 食味のほか「先端不稔」でない充実した果実がもとめられた。さまざまな栽培研究が山梨県農試でなされた がその中に大変興味深いものがある。現研究管理幹である木下耕一技師は、スイートコーン栽培の「常識の ウソ」に挑戦した。

スイートコーンの主茎の根元から出る「ひこばえ」 は実の肥大充実を妨げるからと、除去されるのが常識 である。この常識を「本当かな?」と疑うことから新技術が生まれた。

ひこばえのことを「分けつ」というがそれを除去することは「除けつ」と呼ばれる。分けつ枝は実を肥大させる栄養分と同じもので大きくなるわけであるから それを除けっすれば栄養分が実にまわり、いかにも先端不稔解消に効果がありそうに思えるが、分けつの葉 は同化作用をしており、栄養分を作りだす働きももつ。栄養分の消費と生産、どちらが大きいかで効果の 有無が決まる理屈である。

 

 

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▶無除けつ栽培の誕生

木下さんは早生品種の早出し栽培で無除けつの栽培 を試みた。結果は見事に無除けつの勝ち、果実の重量も先端の充実もそのほうが良かったのである。「常識 のウソ」の一つの発見であった。

無除けつ栽培はそれによる省力の効果も評価され、 またたくまに全国に波及した。新しい常識の誕生であった。

少し難しい説明をしよう。木下氏はむかし農水省の 筆者の研究室に留学され、同化作用や同化物質の転流 を勉強されていた。留学の成果は、すぐに役立つものかどうか人によりさまざまであるが、同氏の場合はそれが直接、当面の研究に生かされた。目的を持って留学した人の強味であろう。

それはさておき、作物の生育は元になる同化養分を 材料に行われることは当然である。同化作用は葉で行われ、できた養分は生長する場所に送られる。若い葉 は同化作用も行うが、自分も生長しているので養分も 使用する。大きくなりきった葉は養分を送り出すほうが多いので実の生長に役立つのである。

先のスイートコーンの除けつは、養分消費の節約をねらったものであり、無除けつは、ひこばえの葉の同化作用をあてにした技術なのである。

これらの関係はシンクソースバランスと呼ばれ、果菜類の茎葉の生長と果実の肥大を上手に行わせるため の基本理論となるものである。

 

▶理論と栽培

栽培者の皆さんはこんな面倒なことを知る必要はない。しかしながら、理論を離れた技術は存在しないの であるから、一応理論に基づいた栽培技術を皆様にお伝えしているつもりの筆者や、木下さんの話には耳を 傾けていただきたい。

難しくて昼寝の目を覚ましてしまったようでしたら、ゴメンナサイ!

 

 

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 いつか来た道①メロンの異常発酵果

 

メロンの低迷が続いている。消費の高級化が進み、 時代の波に乗ってハウス栽培の延面積トップまで上りつめたのであったが、面積の増え過ぎと長びく不況のせいで消費者はメロン売場を通り過ぎるそうである。

主要産地で面積を減らし、不況を脱しつつあるといわれるこれからは、メロン価格の復活が望めるのであろうか。

 

▶メロン復活は品質次第

メロンの消費が上り坂のころにはそれなりに収益性が良く、それゆえに増反も行われたのであるが、面積が増え、競争が激しくなると大玉の単収増による収益増を目指さざるを得なくなった。連作による生育不良 をカバーする必要も重なって施肥量が増えた。

結果として品質の低下を招来したのが現状ではないかと思われる。メロンの復活は高品質果を継続して出荷できる産地にのみあるのではなかろうか。

 

▶頭をもたげた異常発酵果

メロンの品質はいろいろな指標があるが、消費者としてどうしてもゆずれないのは「味」であろう。味の 良し悪しも糖度、肉質、その他がからむが、東京市場で問題となっているのは「肉質劣変」であるといわれる。筆者も経験したが紛うことなき「異常発酵果」であった。思えば二昔前の昭和五十年代、当時のリー ディングバラエティー「プリンスメロン」の最大の問題点も異常発酵果だったのである。

筆者等はその対策研究を行っていたが、今回とあまりにも事情が似ているのでその経過を振り返ってみよう。

プリンスメロンの爆発的な面積増の結果、産地間競 争が激しくなり大玉で多収を目指さないと経営が成り

 

 

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立たなくなっていた。一方連作が進みカボチャへの接ぎ木が必須のものと考えられていた。接ぎ木苗の多肥栽培で大玉多収は可能となったのであるが品質の低下、とくに異常発酵果が多発したのである。 異常発酵果の症状は成熟日数に達しない早期に果肉がくずれ、舌に刺す味になるとともに糖度も低下するもので、程度の軽いものは出荷されたが消費者の評判はよくなかった(ちなみに「異常発酵果」は筆者が名 付け親である)。

 

▶石灰欠乏が原因

プリンスメロンは元来赤肉のメロンであるが、ひどい時には発酵のためにほとんどが青肉に見えるほどであった。ハウスメロンの進展と異常発酵果の多発でプリンスメロンの栽培はじり貧になっていったと筆者は 考えている。 発生の直接要因は明らかではないが石灰欠乏とエチ レンの発生が認められることが多く、それぞれの対策 が効果を上げたことから、なんらかの関係を持っていることはまちがいあるまい。 いま各地のメロンに異常発酵果が見られるという話を聞き「歴史はくり返す」と思わざるをえない。

 

▶異常発酵果の回避対策

「いつか来た道」である以上、異常発酵果の対策は それゆえにほとんど判っている。箇条書きに列挙しておこう。

①肥大中の果実が低温に逢うと発生するので、むりな 早出しをしない。

②強勢台木に接ぎ木しない。

③土づくりに注意し、土壌の病虫害や塩類集積の対策 をしておく。

④多収や大果をねらう余り、行き過ぎた多肥栽培をしない。

⑤石灰欠乏を予防するために着果期以降キレートカル シゥム(PSカルなど)の連続葉面散布を行う。

 

 

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 いつか来た道②スイカの肉質劣変

 

スイカの肉質劣変は「コンニャク」とも呼ばれ、果肉部が水浸状になり舌を刺す味となる困った障害である。

外観上の見分けがむずかしいので、切ったとき気がつくことが多く、産地の評判を著しく傷つけることになる。

昭和三十年代、露地スイカが盛んなころCGMMV ウィルスのひき起す害として問題となった。ところが、ウィルス対策を施しても発生する場合があり、生理障害として大産地の三浦市(神奈川県)の研究員と 原因追求の試験を行った(筆者もなんといろいろな研 究をやったことか)。

やってみると、あるわあるわいくつもの処理で同じ 「コンニャク」が発生することが判った。

 

▶肉質劣変の生理的要因

列挙してみると、

●収穫果をメロンとトラックに混載(のちにメロンから出るエチレンのためと判明)

●根の痛み(浸水、多肥その他)

●葉の痛み(病虫害その他)

●木のでき過ぎと高温

●石灰欠乏 などである。

どうも木の痛みや高温はエチレンの発生を助長して障害につながる、多肥や根の痛み、乾燥や高温は石灰欠乏を招いて障害の発生となる、といった因果関係のようであった。

 

▶多肥多収が原因か

生理的な原因も対策が進みコンニャクの話も下火と なって行ったので長いこと忘れていたが、またもや問題となってきたのはメロンの異常発酵果とよく似てい

 

 

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る。それどころか発生原因も今回はメロンと同じではないかと筆者は考えている。

スイカの品種は大玉が主流である。品種改良が進歩し、大果で皮が薄くしかも割れにくい、シャリがあって糖度が安定した優良品種は大玉に多い。

それにもかかわらず消費の減退から価格が低迷する ため栽培者は大果多収を多肥に求めた。その結果が今 回のコンニャクの発生につながったものと思われるのである。

発生の直接原因がエチレンの発生と石灰欠乏だとすれば、誘因は、エチレン側からみると多肥連作による根の痛み、強摘芯による樹勢のおとろえとなるであろうし、 石灰欠乏側からみると多肥連作による根張り不良、多肥による石灰の拮抗的吸収不良ということになる。

 

▶肉質劣変予防対策

誘因を除いてやれば対策はできるのであるから月並みではあるが、いたずらに多収を望まず健全な生育を心掛けるほかはない。めぼしい対策を挙げてみると、

●病虫害や塩類集積などの連鎖障害要因を排除し、正しい士づくりを行う。

●多肥(とくにNとK)を回避し緩効性の肥料(ロング、ポカシなど)を使う。

●強整枝を避け、あそびづるを出し、つる先を放任す る。

●石灰欠乏に留意し、予防的にキレートカルシウム (PSカルなど)の葉面散布を行う。

などとなり、かなりメロンと同じ対策となる。 メロンもスイカも20~30年前の「いつか来た道」障害であることは前にも記した。いま、共に価格 低迷の中それらが「忘れたころにやってきた」のは偶 然ではない。収入の少なさを多収で補おうとした栽培法からの必然である。

果実品質の低下はそれが一部ではあってもますます 消費者離れに拍車をかける。景気回復をメロンやスイカの再起の呼び水とするためには美味しい果物を消費者にとどけることが重要であることを肝に銘じて、お互いに頑張りましょう。

 

 

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 石灰が経営を決める!

 

石灰は土のphを左右するばかりでなく、肥料成分としても重要だということは近年かなり知られるようになった。

野菜はほとんどの種類で石灰欠乏症が認められ、また食品成分としても重要視されているから、上手な石灰の与え方は大げさでなく経営を左右することもあり得る。

 

▶主な野菜の石灰欠乏症

トマト:尻腐れ、葉先枯れ、芽つぶれ、異常茎

キュウリ:葉縁枯れ、芽つぶれ

イチゴ:チップバーン、がく枯れ

メロン:異常発酵果 スイカ:肉質劣変果

ナス・ピーマン:尻腐れ レタス類:チップバーン

ネギ:葉先枯れ

ハクサイ:心腐れ

サトイモ:イモの芽つぶれ

ざっと挙げてみても主要野菜総なめである。 収穫部位にこれが発生すれば売り物にならないし、 そうでなくても収量品質にひびくから油断はできない。

 

▶欠乏の特徴

石灰欠乏には共通する特徴がある。まずは発生するところが生長点に近い若い組織であるといる点で、これは石灰が吸収されると必要なところに止ってしまい、一時でも吸収が止まると生長点に石灰が行かない ためであることが判っている。つまり再移動が少ない。

もう一つの特徴は欠乏により若い細胞がお互いに接着せずバラバラになるため組織が死ぬ点にある。そのため茎葉の先端は枯れ、果実は壊死を起こす。

吸収が再開されると症状は止まるが、一度死んだ組織はそのままなので収穫したものに跡が残るのである。

 

 

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▶石灰のきかせ方

石灰を順調に吸わせるには吸収を妨げる原因を除くことである。

その原因は、

●高地温

●土壌の乾燥

●他の肥料(特に窒素、カリ)の過多

●根張り不良

などであることが判っているから対策は自ずから明らかであろう。 ここで不思議に思われるのは、欠乏なのだから土中に石灰が不足していると考えられるのにそれがないことであろう。 さよう、土中に石灰分が不足しているから欠乏症となることは施設野菜の場合まずないとみてよい。それよりも吸収しやすい条件をととのえることが根本的な対策なのだと考えてもらいたい。 ただしphが高い場合の石灰分として、タンカルや苦土石灰の代わりに、phが上がらず、作物が吸収しやすい石灰、硫酸カルシウム(石こう)を施す方法はある。

 

▶応急措置l葉面散布

石灰欠乏の対策は地下部からの吸収を良くすることが本命であると先に述べた。葉から直接吸収させる葉面散布はあくまでも応急措置である。 しかし、乾燥や肥料を多施用して吸水を少なくする高糖度トマトの栽培などは、最初から石灰欠乏が出やすいのが判っている。 このような場合は継続的な葉面散布が威力を発揮する。通常、葉面散布に用いられる塩化石灰は葉面ですぐ不活性化するので、三日を待たず散布を続けなければ完全ではない。 近年、薬害が少なく安定性の良いキレートカルシウ ム(PSカルなど)が発売されたのでこれらを使って 10日~2週間間隔で薬散とともに葉面補給を行えば 効果が期待できよう。

 

 

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